May 18, 2012

PLACER



ずいぶん前のこと ハワイ島のヒロで 蘭が大樹に着生しているのを見たことがある。すぐに蘭とわかったのではなく もしかしたらあれは蘭じゃないのかと気づき そばに居た案内役に確認をしたのだ。剥き出しの根や茎の部分の 骨だけになった太古の生物みたいな奇怪さと そこに一輪だけ咲いた花の異様な形状が いまも目に焼き付いている。
福岡に蘭を専門に扱う店があるとは聞いていたのだが 実際にそこに行ってみると 想像をはるかに超える場所だった。役者の楽屋や開店したてのクラブ(クにアクセント)にありそうな胡蝶蘭などはなく ハワイ島で見かけたあの野生の蘭に近い原種ばかりが並んでいる。天井から逆さに吊るされたものや 壁に横にしてディスプレイされている鉢もたくさんある。そして壁には一面の描き文字。圧倒された。いまはまだ 他に言葉を見つけられないでいる。


May 11, 2012

TUTTO BENE



夕食のために友人が挙げてくれた選択肢が3つ。その中から 年齢が若くて開店から1年も経っていないという理由で <オステリア ベーネ> に決めた。日が沈んでから急に冷えてきたのに 買い物公園のはずれのビルの3階にある店に入ると窓が開いている。鱒をスモークしていたのだと言う。テーブルに運ばれた黒板にはびっちりとメニューが書き連ねてあった。鱒のスモークはサラダ仕立てで出てくるようだ。鱒だけが食べたかったので それが可能かを尋ねると シェフは快く応じてくれる。良い店に来たと思った。

スパークリングワインをグラスで飲んでから ヴェネツィアの白ワインをボトルでもらう。前菜はアスパラガスのグリル。リゾットとパスタはどちらも食べたかった。魚料理が評判と友人は言っていたが 肉を食べたい気分だったので豚ロースのソテーにするつもりでいる。リゾットはズワイガニとフレッシュトマトに即決したのに パスタは選びきれず シェフにお任せすることにした。彼は厨房からチーズを持ってきた。江丹別の生産者がつくるブルーチーズを使ってゴルゴンゾーラと鴨ローストのフェットチーネにしますと言う。ぼくはブルーチーズが苦手なのだが 彼が考えた流れだから仕方がない。友人との取り分けだったし ちょっと味見をするだけにしよう。ところが できあがったものをひと口ほおばると とてもまろやかで美味いのだ。きっちりと半分にわけた。白ワインがまだ半分近く残っていたけれど グラスの赤をもらう。豚のソテーはポルチーニソースがかかっていた。これも赤で。残った白のために もうひと皿をお任せでとお願いすると タコとクロソイのカルパッチョが出てきた。さすがに満腹になった。でも デザートも食べたしエスプレッソも飲んだ。

増毛の鱒に 富良野のアスパラガスに 江丹別のブルーチーズに 上川の豚肉に 噴火湾のタコに 根室のクロソイに…。ぼくは その土地ならではの食材を自分の知っている料理にしてくれる店が好きだ。この店の料理は まず素材があって そこから毎日のメニューを軽妙に組み立てている。素材の扱いはとても上手だと思うし イタリアンこうあるべしという考えにこだわる様子もない。そこに自由さが感じられて とても良い気分だった。


May 10, 2012

ALONE



居酒屋界の論客たちが書いた本を読んだことがないので すでに誰もが知っていることにひとり興奮している姿が バカのように見えるかもしれないが とても素晴らしい店だったから黙っている訳にはいかない。昨日の晩に友人が案内してくれた <独酌 三四郎> へ もし旭川滞在の初日に連れていかれていたら 翌日から他の店に行く気にはならず ずうっとここに通ったに違いないのだ。

店は細長く天井が高い。梁も壁板も美しく古びている。左側は小上がりで 右がカウンター。中央から女将や手伝いの女性が出入りするためにふたつに分かれたカウンターには合わせて10人は座れるだろうか。ぼくらが座ったのは手前側の奥の端で ちょうど正面を見上げると神棚である。

常温の日本酒を2合。最初は旭川の地酒で高砂酒造のもの。2杯目に「七賢」を飲み 燗を炭火でやっていることに気づいて「麒麟山」の燗1合を追加して 友人と2人でちびちび飲んだ。お通しは酢大豆。まずは塩うにと塩辛。それから炭火の竃で焼いたアスパラと椎茸とホッケ。最後に友人がいつも必ず頼むという焼き鶏。どれも美味い。大将は竃の前に立ち だいたいは客に背を向けている。客と喋るのは女将さんの役割らしい。聞こえてくる先客たちとの会話も その声音も 上品でとても心地よい。
おそらく女将さんが これまでに何万回と訊かれたであろうことを口にしてみた。三四郎は何に因んだ屋号なのですか? そして言ってしまってから「クロサワと夏目漱石とどっちだろう」などと考えながら独りで飲む楽しみを 自分自身で奪ってしまう野暮な質問だったなと反省した。


May 3, 2012

MR. TAMBOURINE MAN



銀座での用事が昼前に終わったところでふと思いつき 『いもや』でトンカツを食べることにした。ただ 調べずに出てきたから 小伝馬町だったか馬喰横山だったかが定かではない。地下鉄の小伝馬町駅から地上に出ると ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。当てずっぽうに歩き始めてすぐに やっぱり馬喰横山だったかと後悔する。脇道に入って早足でしばらく進むと 左側にピッツェリアの看板が見えた。そういえば 前から行きたいと考えていた店も たしかこの辺りだったはず。近づくと やはりそうだった。窓辺に人形が飾ってあった。

ぼくは一度だけナポリに行ったことがある。旅行雑誌の編集部に籍を置いていた90年代のはじめのことだ。その特集の最後のページにこれと同じ人形の写真を使った。ずうっと一緒にイタリアを縦走してくれたサタンさんが 取材中に「この人形はナポリの象徴なんだよ」と教えてくれたことを憶えていたからだ。あれ以来 はじめてこの人形を見た。いや 東京でも目にしていたことがあったかもしれないけれど 少なくとも気づいたのは今日がはじめてだ。

小さなピッツェリア <IL TAMBURELLO> はとても良い店だった。ひとりで昼に食べるピザとして完璧な大きさ。スープとデザートのティラミスが付いて千円。エスプレッソは別料金というのも好ましい。いまでもときどき想い出す イタリア取材中のいちばんのお気に入り食堂だったフィレンツェの <COCO LEZZONE> も デザートまで食べてからエスプレッソを頼んだら うちにはないから向いの店で飲めと言われた。それがイタリア式なのかどうかはよく知らないが そういうことを急に思い起こさせる この店のランチがちょっと嬉しかった。これで肘が触れ合うくらいに客席が詰め詰めになっていて 各々が大声でわめくように喋っていたら もっといろいろ懐かしくなっただろう。

家に戻ってから サタンさんにメールを送るとすぐに答えがきた。ダブダブの白い上着を着て黒い仮面をつけたあの人形の名前は「プルチネッラ」というのだ。イタリアの伝統的な風刺劇 コメディア・デラルテに登場する道化師。ナポリのシンボルとして人々に愛されているのだそう。<IL TAMBURELLO> の窓辺に飾られたプルチネッラは 店名に相応しく片手にタンバリンを持っていた。

今日の昼食に悔いが残るとしたら ナポリらしくマルゲリータにせず ついついロマーナを頼んでしまったことくらいだ。


April 29, 2012

MOLD ALL



灯台下暗し。


昨日から千駄ケ谷 <Playmountain> で始まった
PP BLOWER の「MOLD ALL」展を観た。


進行中のプロジェクトを見学することもできた立場なのに
完成品を目にするまで その素晴らしさにまった気づけず
まさしく「穴があったら入りたい」というのは
こういうことを言うのだろう。


さんざん迷って 写真右端の花器を買った。
ガラスの表面には 型として使った木の肌が写しとられていて
繊細な表現が似合うガラスという素材に
おおらかな荒々しさが加わり さらに魅力を増している。


早い時間で仕事を切り上げて酒を飲んでばかりいると
ときどき自分の不明を晒して こういう恥をかいてしまうのだ。


展示は5月7日まで。