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December 30, 2011

R.I.P.



今年 いちばん違和感を感じたこと。


敬愛する誰かが亡くなったときの悲しみは大きく

心から弔意を表明したいと思うのは当然のことだ。


でも いつからか… 否… 明らかに

twitter や Facebook が日常的になって以降


そんな意図がないことはきちんと理解できているのに


誰かが亡くなった日のそれは


誰よりも早く


哀しみに打ちひしがれる気持ちを言葉にし

いちばんの理解者が自分であることを語り

胸に響く生前の想い出を披露するという


ある種の競争をしているように見えて仕方がないのだ。

(もちろん自分も この傾向と無縁とは言い難い)


身体の隅々に沁みわたる哀しみが落ち着くまで

黙して語らず

偉大なる者の不在を胸の奥底で実感したときに

ゆっくりと湧きあがってくる何かを静かに待つのは


この時代には もう そぐわない態度なのだろうか。


September 16, 2011

TOPKNOT


お正月には凧あげて という童謡の歌詞
北海道で生まれ育ったので ぜんぜん同感できなかった。

では 子どもの頃 ぼくはいつ 凧をあげていたのだろうか。
桜が満開になる五月だったかもしれないし 秋だったかもしれない。
季節は忘れてしまったけれど それが奴凧で
新聞紙を細長く切って 奴さんの足の先につなげた記憶がある。

コーナーショップのPVの冒頭に出てくる風景を
グジャラート州アーメダバードの旧市街近くで見たことがある。
白い糸を長く壁沿いに張って 男がその前を往復している。
糸がだんだんピンク色に染まっていくのを ぼんやり眺めていたら
ガイドが あれは凧糸を加工しているのだと教えてくれた。

この間 福岡でふらりと寄った工藝店で
壁に飾られていた新羅凧を買った。
四月に訪れたイームズハウスの本棚にあった虻凧は
紙が破けてしまい 骨組だけが残っていた。

こんなに凧に惹かれるのが どうしてなのか まだわからない。

July 23, 2011

NOT A LITTLE GIRL ANYMORE


リンダ・ルイスの名前をはじめて知ったのは
中村とうようの文章を読んだときだった。
それがこのアルバムについての話だったかどうかは忘れている。

ぼくは中村とうように会ったことはない。
コンサート会場などで見かけたことも たぶん ない。
だから 尊敬はしていても ここでは敬称をつけない。
それは "夏目漱石さん" と書かないのと同じ理由だ。

中村とうようはぼくの音楽とのつき合い方に
多大な影響を与えた偉人であると書こうと思い
いろいろ考えているうちに気づいたことがある。

あなたが雑誌を編集する上で影響を受けた雑誌は何か?
ときどき受ける その類いの質問に対して
植草甚一責任編集と謳っていた時代の『宝島』や
二色刷りだった頃までの『ハッピーエンド通信』などを
挙げるのが常だった。
でも 本当は 真っ先に『ニューミュージック・マガジン』と
ぼくは答えるべきだったのではないだろうか。

高校への通学路にあった「三木薬局 書店部」という店で
ウッドストックフェスティバルの特集号を手にして以来
どんなに金がないときでも この雑誌だけは欠かさず買い続けた。

音楽を入口にして その背景にまで
読者の興味を導くことのできる広い視野と深い知識。
自説は曲げないけれど 意に沿わない相手を排除しないフェアネス。
憎まれ役をかってでも 周囲を鼓舞し続けるリーダーシップ。
雑誌の編集長を務めるにあたって必要なことのすべてを
ぼくは 知らないうちに 中村とうようから学んでいたのだと思う。
(もちろん 決して ぼくにもそれが出来たという意味ではない)

July 17, 2010