October 3, 2012

AUTUMN HAS COME


 ぼくはウエスト洋菓子舗のツイッターをフォローしている。昨日、原稿をすべて書き終えてぼうっとツイッターの画面を眺めていたら 突然 自分の名前がタイムラインに出てきた。それは日本橋三越新館にあるウエスト「レトロカフェ」が 秋の限定メニューを始めたという内容で その期間限定のマロンシャンテリーは そもそもぼくの勘違いから出来上がったものだと書いてある。確かにそれは事実だが 140字にまとめるには少しばかり長い話なのだ。誤解が生じないように ここにあらためて書いておきたい。

"マロンシャンテリーが食べたくなって目黒の「ウエスト」に行った。アイスクリームと生クリームと栗の甘露煮を華奢なグラスに盛ったあのデザート。ところが、水とともに差し出されたメニューを見てみると、マロンシャンテリーがどこにもない。そういえばあれは栗の季節だけの限定だったかもしれないと思ったが、一応、注文を聞きにきたウェイトレスに「マロンシャンテリーはこの季節はないのですか?」と尋ねてみた。いかにもウエストの従業員らしい、理知的な顔立ちをしたその若い女性は、思いの外きっぱりと「こちらではそのようなメニューを扱ったことはございません」と答える。そんなはずはない。何度かここで食べているのだから。そう伝えると、さらにきっぱりと「それは当店ではないと思います。他のお店と間違っていらっしゃるのではないでしょうか。千疋屋さんとか、どこかフルーツパーラーなどと」と言うのだ。いずれにしても、いまここにはないということだから、マロンシャンテリーは諦めてモンブランとコーヒーにする。コーヒーを待っているうちに、確かに彼女に言われたとおり、マロンシャンテリーをよく食べたのはウエストではなく、閉店してしまった8丁目の銀座千疋屋本店だったことを思い出した。意地にならなくて良かった。あなたが小学生だった頃から自分はこの店に通っているなどと言わなくて本当に良かった。
 そしてあらためてウエストに感心する。ふつう、若い店員が商品についてここまで自信を持って客に説明することは、いまやそうあることではないだろう。「そんなことはないはずだ」と言った時点で、「少々、お待ちください」と上司なり責任者なりに確認にいくのではないか。なのに、彼女は揺らぐことなく、かつ嫌な感じを相手に与えまいと気遣いながら、「ない」と言い切った。徹底的に扱う商品のことを覚えさせているということだ。素晴らしい従業員教育。ふと、まったく逆の受け止め方もできるかもしれないという気もした。しかし、自分はそもそもウエストを好ましく思っているので、贔屓目かもしれないが、この体験はウエストの素晴らしさを証明するエピソードとして記憶することにする"

 この文章は 2005年6月発売の拙著『今日の買い物』に収めたものだ。もともとは2004年か2005年の秋以外の季節にブログに書いた。ウエストには内容を確認してもらい掲載の許可を取って できあがった本を送っていた。しばらくしてウエストから出版社に問い合わせがあった。あの文章をコピーしてレトロカフェのテーブルに置きたいのだが 問題はないだろうかという内容だったそうだ。日本橋三越のオータムフェアに合わせて ウエストが栗を使ったデザートを用意することになり どういうわけかぼくの文章に書かれていたマロンシャンテリーを実際につくってみようという話になったらしい。「幻のマロンシャンテリー」と名付けられたそのメニューの「幻」の意味を説明するために ぼくの文章を使いたいのだという。千疋屋でよく食べたマロンシャンテリーを ウエストのものだと勘違いして恥をかきかけたという話から 実際にマロンシャンテリーをつくってみようという ユーモアある企画を誰が考えたのかは知らないけれど とても光栄に思った。その年 ぼくはレトロカフェに出かけ「ウエストのマロンシャンテリー」をはじめて食べながら感慨に耽った。

 その後 マロンシャンテリーはレトロカフェの秋恒例のメニューになっていたらしい。そのことをはじめてツイッターで知ったぼくは 矢も盾もたまらず外出し 日本橋三越でマロンシャンテリーを食べてきた。そうしないと男が廃ると思ったのだ(大袈裟だけど)。幸いにも店内には空席があったので 待つことなくすぐに食べることができた。あらためてあのときの粋な計らいと それをいまも続けてくれていることに感激した。