December 30, 2011

R.I.P.



今年 いちばん違和感を感じたこと。


敬愛する誰かが亡くなったときの悲しみは大きく

心から弔意を表明したいと思うのは当然のことだ。


でも いつからか… 否… 明らかに

twitter や Facebook が日常的になって以降


そんな意図がないことはきちんと理解できているのに


誰かが亡くなった日のそれは


誰よりも早く


哀しみに打ちひしがれる気持ちを言葉にし

いちばんの理解者が自分であることを語り

胸に響く生前の想い出を披露するという


ある種の競争をしているように見えて仕方がないのだ。

(もちろん自分も この傾向と無縁とは言い難い)


身体の隅々に沁みわたる哀しみが落ち着くまで

黙して語らず

偉大なる者の不在を胸の奥底で実感したときに

ゆっくりと湧きあがってくる何かを静かに待つのは


この時代には もう そぐわない態度なのだろうか。


November 16, 2011

BREAD A ESPRESSO



泊まっているホテルのすぐ裏に小さなパン屋があって 一昨日の昼にはじめて寄ったときに 開店が朝7時半だということを知り嬉しくなった。さっき 朝ゴハンを食べに行ってきた。


開店にちょっと早かったか 開店がちょっと遅れているのか 中は電気が点いているのにシャッターが閉まっていて 中年の女性がひとり建物と少し距離をとって開くのを待っている。間もなく店のドアが開け放たれた。焼きたてのパンの匂い。大きなマルゾッコのエスプレッソマシンがある。立ったままならイートインも可能なのだ。先客の買い物が終わるのを待って 無花果のパンとロングブラックを頼む。ひきりなしという程ではないが 通勤途中にパンを買っていく客がかなりいるようだ。


こういう店があれば いま泊まっているあの味気ないホテルも とても素敵なところに感じられる。冷たく引き締まった空気が窓から入ってきて ぼくはバークレーの『金熊荘』と『カフェファニー』のことを想った。



November 4, 2011

October 8, 2011

THE LIFE IN THE WOOD



LA でも東京でもない場所で
久しぶりにマイクと話した。

はじめて会ったのは2000年で
それからしばらくは1年に1回くらいは会っていた。
映画『サムサッカー』の日本公開にあわせ
監督として来日したのは たしか 2006年だったと思う。
それからしばらく機会に恵まれなかったので
実に5年ぶりだった。

この5年の間に
いや 『サムサッカー』の制作をはじめた頃だから
この7年くらいと言ったほうが たぶん良いだろうが
マイクに大きな変化が 次々と訪れていたことは
本人から あるいは人伝に聞いた。

たまたま計画段階から知っていたマウンテンハウス。
そこには 愛犬の ZOE が居た。
そして ミランダ。

激しい嵐の後みたいに
雲の流れがだんだんとゆっくりになり
風がおさまって 陽の暖かさを感じ取れる。
そんな印象だった。
落ち着きのある居心地の良さは
この場所のせいだけではないだろう。

"Wouldn't it be nice if we were older?"

これまでとは違う話ができて楽しかった。


October 5, 2011

October 4, 2011

SCULPTOR



彫刻家 リッキー・スワローのアトリエに行った。

実は彼の彫刻を直に観るのははじめてだった。

彼の話や 写真などから想像していたものの何倍も

深淵で強くて素晴らしかった。


そして 反省した。


おそらく日本では リッキー・スワローは

彫刻家(ときには水彩画も描く)としてよりも

センスの良いブロガーとしてだったり

「ALTADENA WORKS」という

バッグブランドの共同プロデューサーとして

名前を知られる人物となっていて

その責任の一端は 自分にも大いにある。


いつかリッキーの作品そのものや

彼が制作のプロセスで考えていることなどを

紹介する機会をつくらなくては

本当に申し訳ないと 心から思った。