May 3, 2012

MR. TAMBOURINE MAN



銀座での用事が昼前に終わったところでふと思いつき 『いもや』でトンカツを食べることにした。ただ 調べずに出てきたから 小伝馬町だったか馬喰横山だったかが定かではない。地下鉄の小伝馬町駅から地上に出ると ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。当てずっぽうに歩き始めてすぐに やっぱり馬喰横山だったかと後悔する。脇道に入って早足でしばらく進むと 左側にピッツェリアの看板が見えた。そういえば 前から行きたいと考えていた店も たしかこの辺りだったはず。近づくと やはりそうだった。窓辺に人形が飾ってあった。

ぼくは一度だけナポリに行ったことがある。旅行雑誌の編集部に籍を置いていた90年代のはじめのことだ。その特集の最後のページにこれと同じ人形の写真を使った。ずうっと一緒にイタリアを縦走してくれたサタンさんが 取材中に「この人形はナポリの象徴なんだよ」と教えてくれたことを憶えていたからだ。あれ以来 はじめてこの人形を見た。いや 東京でも目にしていたことがあったかもしれないけれど 少なくとも気づいたのは今日がはじめてだ。

小さなピッツェリア <IL TAMBURELLO> はとても良い店だった。ひとりで昼に食べるピザとして完璧な大きさ。スープとデザートのティラミスが付いて千円。エスプレッソは別料金というのも好ましい。いまでもときどき想い出す イタリア取材中のいちばんのお気に入り食堂だったフィレンツェの <COCO LEZZONE> も デザートまで食べてからエスプレッソを頼んだら うちにはないから向いの店で飲めと言われた。それがイタリア式なのかどうかはよく知らないが そういうことを急に思い起こさせる この店のランチがちょっと嬉しかった。これで肘が触れ合うくらいに客席が詰め詰めになっていて 各々が大声でわめくように喋っていたら もっといろいろ懐かしくなっただろう。

家に戻ってから サタンさんにメールを送るとすぐに答えがきた。ダブダブの白い上着を着て黒い仮面をつけたあの人形の名前は「プルチネッラ」というのだ。イタリアの伝統的な風刺劇 コメディア・デラルテに登場する道化師。ナポリのシンボルとして人々に愛されているのだそう。<IL TAMBURELLO> の窓辺に飾られたプルチネッラは 店名に相応しく片手にタンバリンを持っていた。

今日の昼食に悔いが残るとしたら ナポリらしくマルゲリータにせず ついついロマーナを頼んでしまったことくらいだ。